桜色の海に恋は沈みて

物思いに耽ることは海に潜ることに似ている気がする

好きな人に振られようと決めた理由

 片思いをしていた。彼はとても言葉が美しくて、可愛らしさの中にセクシーさがある魅力な男性だった。

 彼のことが好きだと共通の友人に打ち明けたときのことだ。友人は小さな声で「彼はポリアモリーだよ」と僕に話した。ポリアモリーとは複数人での恋愛関係を構築する人のことで、僕は存在は知っていたが出会ったのは初めてだった。

 僕自身はモノアモリー。一対一での恋愛関係を望む人だ。過去に一度だけポリアモリー関係を結んだことがあったがすぐに破綻した。好きな人の他の好きな人を愛せない自分の存在に苦しんだ。独占欲の存在を認めたくはなかったけれど、認めざるを得ない結果だった。

 彼がポリアモリーだから付き合えないと考えているわけではなかった。彼が僕と同時に他の人と恋愛関係を結ばなければ成立する。そう思っていた。

 ある日、恋愛相談をした友人が何か言いたげだけれど言うのを躊躇っている表情をしていた。大体察しはついていたが尋ねた。

 予想通り、彼女は彼に告白されていた。彼は彼女のことを7年も思い続け、恋人がいる彼女に何度もアタックしていた。やっぱりね、と何故か笑ってしまった僕がいた。

 僕は恋人がいる人や他に好きな人がいる人だからと恋を諦めたことがなかった。大きな声では言えないが、いわゆる略奪愛をしたこともある。

 けれど、今回はダメだろうな、と僕は確信していた。

 僕は彼を呼び出して話をした。他愛のない話から始め、彼が彼女に告白したことを確かめ、彼がポリアモリーであるという話もした。

 そして僕は伝えた。

「今日は君に振られにきたんだ」

 彼は僕を2番目の恋人にすることだってできる。彼女と含めて3人で恋人関係を結ぶ可能性もある。けれど僕はそれを選ばなかった。

 彼と何時間も喫茶店で話していて予想は確信に変わった。

 ポリアモリーは単純に複数人で恋愛関係を結ぶんじゃない。特定の一番となる精神的支柱がいないんだ。あくまで彼の場合で、すべての人がそうとは限らないけれど、彼ははっきりと「特別な人はいないし、作らない」と話した。

 僕が恋人に求める一番のものは、精神的支柱となる人間たちの中で一番太くて中心となる人間でいてくれることだ。僕に何かあったとき、嬉しいことも悲しいことも悩みもすべて最初に伝える相手は恋人であって、恋人からもそうであってほしいと願う。

 もしここで彼のことが好きだから、とこの願望を妥協してしまえば、たとえ交際できたとしても満たされることはない。ただ傷つきに行くだけだ。

 僕は「本当に好きだった。でも、付き合うつもりはない」と伝えて、お礼の言葉を重ねた。

「彼がポリアモリーだから付き合えない」というのは、異性愛者が「彼は同性だから付き合えない」という感覚に近いのかもしれない。自らの変えようのない特性、セクシャリティを受け入れるしかない。恋愛のカタチの不一致を僕は認めた。

 一方的に思いを伝えてスッキリしようとした僕に対しては自責の念がある。けれど諦めるためにはどうしても必要だった。

 たまに彼のことを思い出して、ごめんね、と口の中でつぶやいている。