桜色の海に恋は沈みて

物思いに耽ることは海に潜ることに似ている気がする

ずるくてごめんね

「ずるくてごめんね」

 中学生のとき、僕には身体的に同性の恋人がいた。同じ部活の後輩。髪の長い女の子。

 僕は特にそのことを隠していなかった。同性愛が隠すべき物であった時代は、少なくとも僕の周囲では、とっくに終わっていたからだ。

 最初は「彼女がいるの?」と珍しがられもしたが、それは「彼氏がいるの?」となんら変わらない興味と温度を含んでいると感じていたし、素直に話せば拒まれることも笑われることもなかった。

 そんなこともあってか、僕は中学三年生のとき女の子から少しだけモテた。特に後輩の女の子たちにはたくさんの恋心をもらった。冗談じみたスキンシップや羨望の眼差し、同じく女の子が好きだと相談されることもあった。彼女がいることをもちろん皆知っているので、告白されることはなかった。そのときまでは。

 部活後の掃除中、それなりに関わりのあった後輩の女の子に呼び出された。

 場所は女子トイレだった。

 彼女は何も言わない。なにか躊躇っているかのように瞳が揺れていた。

「私、桜日先輩のこと、好きです」

 これは愛の告白だ。僕はすぐに分かった。でも僕はとてもずるかった。

「そう、ありがとう」

 満面の笑顔を作ってみせた。さも「恋愛関係になり得ない同性の先輩と後輩としてでしょう?」と言うように。

 彼女は酷く傷付いた顔をして、それから「それだけ、です」とか細い声で答え、早足で立ち去った。

 僕はその場でうずくまった。とても苦しかった。人の好意を踏みにじるどころか無視してしまったことに。

 けれど、どうしたらよかったのだろう。懇切丁寧に彼女がいるからと説明したらよかったのかもしれない。どうしてそれができなかったのだろうと今でも自分を責める。

 ずるくてごめんね。

 彼女があの後、部室の裏で泣いていたことを知っている。

 失恋を与えるのって、いつだって苦しいことだ。